先日、「ライフコースから考えるエイジマネジメント:超高齢社会の健康管理戦略」という研修に参加しました。
私自身、エイジマネジメントというと、高年齢労働者の労働災害防止を思い浮かべ、目の前にある危険や作業環境の改善に意識が向きがちでした。しかし今回の研修を通じて、将来の働き方から逆算し、若いうちから健康管理と職場づくりを進めることの大切さを、あらためて感じました。
「エイジマネジメント」というと、60歳を超えてから行う高年齢労働者対策を思い浮かべるかもしれません。しかし、研修で特に印象に残ったのは、年齢を重ねても健康で安全に働ける状態から逆算し、20代、30代、40代のうちから準備するという考え方です。
高年齢者の労働災害を防ぐことと、若い時期から健康を支えることは、別々の取組ではありません。長く働ける人と職場をつくるという、一本の線でつながっています。
2026年4月から「エイジフレンドリー指針」へ
厚生労働省の資料によると、2024年は雇用者全体に占める60歳以上の割合が19.1%であるのに対し、休業4日以上の労働災害による死傷者では30.0%を占めています。
こうした状況を背景に労働安全衛生法が改正され、2026年4月1日から、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善や作業管理など、必要な労働災害防止措置を講じることが事業者の努力義務となりました。
同日から適用されたのが、「高年齢者の労働災害防止のための指針」です。厚生労働省は、リーフレットなどで「エイジフレンドリー指針」とも呼んでいます。
なお、2020年に策定された「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」、いわゆる旧エイジフレンドリーガイドラインは、新しい指針の適用に伴い2026年4月1日に廃止されました。従来の自主的なガイドラインから、労働安全衛生法第62条の2に基づく指針へと位置づけが変わったことは、押さえておきたい点です。
努力義務は、指針に記載されたすべての措置を一律に実施しなければ直ちに罰則を受ける、という性質のものではありません。一方で、「努力義務だから対応しなくてもよい」という意味でもありません。事業者には労働契約法第5条に基づく安全配慮義務もあり、実際に事故が起きた場合の責任は個別の事情に応じて判断されます。新しい指針は、高年齢者の労働災害を防ぐために、事業者が何を検討すべきかを示す重要な実務上の基準になると考えられます。
指針が求めているのは「仕組み」としての対策
新しい指針は、高年齢者本人に運動や注意を促すだけの内容ではありません。大きく分けると、①安全衛生管理体制の確立とリスクアセスメント、②職場環境の改善、③健康や体力の状況の把握、④個々の状況に応じた対応、⑤安全衛生教育という構成になっています。
最初に示されているのは、経営トップが方針を表明し、担当する組織や担当者を明確にすることです。安全衛生委員会などを設置している事業場では、そこで対策を調査審議します。委員会を設けていない事業場でも、労働者の意見を聴く機会を設け、労使で話し合うことが示されています。
中小企業では、大がかりな制度を最初からつくる必要はありません。まず、高年齢者がどの業務を担当しているか、転倒や腰痛などの災害・ヒヤリハットがどこで起きているか、重量物、暑熱作業、交替勤務などの負担がないかを確認する。そのうえで、優先順位を決め、担当者と実施時期を定めることが第一歩になります。
指針は、年間推進計画を作成し、実施後に評価して改善することも望ましいとしています。対策を一度行って終わるのではなく、職場の変化に合わせて見直すことが重要です。
転倒を「本人の体力不足」だけで考えない
高年齢労働者の労働災害では転倒が大きな課題になります。しかし、転倒の原因を筋力やバランス能力の低下だけに求めると、対策の順序を誤ることがあります。
床の水や油、通路上の荷物、段差、照明不足、滑りやすい床材など、職場側の要因も確認しなければなりません。新しい指針では、リスク低減措置について、まず危険な作業の廃止・変更を検討し、次に段差の解消や手すりの設置などの工学的対策、作業手順の見直しなどの管理的対策、身体負荷を軽減する装備の使用という順序で検討する考え方が示されています。
つまり、本人に「気をつけて歩いてください」「体力をつけてください」と伝えるだけでは十分ではありません。まず、誰が働いても転びにくい環境をつくる。そのうえで身体機能の維持を支える取組を組み合わせることが大切です。
段差の解消や照度の確保、重量物の小口化、休憩の取り方の見直しは、高年齢者だけでなく、若い労働者や障害のある労働者、病気やけがから復帰した労働者にとっても働きやすい環境につながります。エイジフレンドリーな職場は、結果としてすべての世代にやさしい職場になります。
エイジマネジメントを20代から考える理由
新しい指針は、身体機能の低下は高年齢者だけに起こるものではないとして、事業場の実情に応じ、青年・壮年期から体力チェックを実施することが望ましいとしています。これは、今回の研修で示された「若いうちから始めるエイジマネジメント」と重なる部分です。
40歳、50歳になってからBMIや腹囲の数値だけを見るのではなく、若い時期から体重の変化、運動習慣、睡眠、食生活を振り返る機会をつくる。就職、異動、交替勤務、育児や介護など、生活のリズムが変化する時期に健康教育を行うことも有効だと感じました。
厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」では、成人について、歩行または同等以上の身体活動を1日60分以上、息が弾み汗をかく程度の運動を週60分以上、筋力トレーニングを週2~3日行うことなどが推奨されています。ただし、個人差を踏まえて強度や量を調整し、「今よりも少しでも多く身体を動かす」ことが基本です。
職場で行う健康づくりも、全員に同じ数値目標を課す必要はありません。座りっぱなしの時間を減らす、休憩時に少し歩く、ラジオ体操を丁寧に行うなど、続けやすい選択肢を用意することが現実的です。
社労士の視点では「安全衛生」と「労務管理」を切り離さない
高年齢者対策を進めるときは、安全衛生だけでなく、配置、勤務時間、休憩、教育、相談体制といった労務管理とのつながりを考える必要があります。
例えば、健康や体力の状況に応じて業務を見直す場合でも、年齢や体力チェックの結果だけで機械的に配置を決めることは適切ではありません。必要に応じて産業医などの意見を聴き、本人と十分に話し合い、職場環境を改善してもなお必要な措置は何かという順序で考える必要があります。
また、健康情報や体力チェックの結果は、本人の同意の取り方、情報を扱う担当者、利用目的、保管方法などをあらかじめ定め、適切に管理しなければなりません。指針でも、不利益な取扱いを防ぐための事業場内手続を、労働者の意見を聴きながら定める必要があるとしています。
社労士として特に重要だと感じるのは、「高齢だから危ない」と一括りにしないことです。加齢による変化には個人差があります。本人の健康や体力だけを見るのではなく、業務の負担、職場環境、勤務時間、本人の経験や意向を含めて検討する。その過程を記録し、継続的に見直せる仕組みにすることが、労使双方の安心につながります。
エイジマネジメントとは、高齢になってから始める「高齢者対策」ではありません。職場の危険を減らし、年齢にかかわらず相談できる環境を整え、若いうちから健康について考える機会をつくることです。
将来も働き続けられる人と職場を、いまからつくる。それが、超高齢社会における産業保健と労務管理の役割だと感じました。

