ハラスメントの定義を説明し、してはいけない言動を並べる。
それだけで、受講者は翌日から迷わず行動できるでしょうか。
第1回では、一般的なハラスメント研修が消防・公安系組織に響きにくい理由を取り上げました。第2回では、消防・警察・防衛大学校等の裁判例を手がかりに、「必要な厳しさ」と「許されない指導」の境界を考えました。
第3回となる今回は、これまでの内容を、実際の研修にどう落とし込むかを考えます。
私が目指しているのは、「何も言わない方が安全だ」と管理職を萎縮させる研修ではありません。必要な指導は明確に伝えながら、人格否定、見せしめ、感情に任せた叱責を取り除く。そのための判断基準を、職場の中に増やす研修です。
研修のゴールは、知識ではなく「次の行動」
研修を受けた直後は、パワーハラスメントの3要素や6類型を説明できるかもしれません。しかし、現場で本当に困るのは、次のような場面です。
- 同じミスを繰り返す部下に、どこまで厳しく言ってよいのか
- 危険な行動をした隊員を、人前で強く指導する必要があるのか
- 指導中に自分の怒りが高まったとき、どう切り替えるのか
- 部下の表情や発言に違和感があるが、どう声をかけるのか
- 相談を受けた管理職は、何を聴き、どこまで記録するのか
厚生労働省の指針では、客観的に見て業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワーハラスメントには該当しないとされています。
だからこそ、研修では「厳しく言ったか」だけでなく、目的、必要性、方法、場面、頻度、相手の状態などを具体的に検討する必要があります。
研修のゴールは、言葉の定義を覚えることではありません。自分の職場で迷ったときに、立ち止まり、考え、適切な行動を選べることです。
研修で持ち帰ってもらいたい3つの力
1.指導の判断基準を持つ
指導とハラスメントの境界を、「相手が嫌がったか」「声が大きかったか」という一つの要素だけで決めることはできません。
しかし、最近よく『「相手が嫌がった」それだけでパワハラだ!』という誤った認識です。これは逆パワハラと言われるものにもつながります。
そこで、私の研修では、少なくとも次の点を確認します。
- 何を改善するための指導か
- その場で伝える必要があるか
- 人格ではなく、問題となった行動を伝えているか
- 方法や負荷が目的に見合っているか
- 誰に対しても同じ基準で指導しているか
- 相手の経験、疲労、体調、理解度を見ているか
判断基準が共有されていれば、部下は上司の機嫌ではなく、仕事の基準に向き合えます。上司も「ハラスメントと言われるのが怖いから何も言わない」という状態から抜け出しやすくなります。
2.感情をコントロールする
安全を軽視する行動や、繰り返されるミスを前にすれば、管理職が怒りを感じることはあります。大切なのは、怒りをなくすことではありません。
怒りのままに言葉や行動を選ぶのではなく、「今、何を伝える必要があるか」を選び直すことです。
例えば、危険な行動はその場で短く止める。その後、安全が確保できてから、事実、影響、必要な改善を伝える。緊急時の制止と、平常時の育成指導を分けるだけでも、伝わり方は変わります。
研修では、感情が高まった場面を振り返り、自分が反応しやすい言葉や状況に気づき、次に取る行動を考えます。
3.小さな変化を見逃さない
ハラスメント対策は、行為者に「やってはいけない」と教えるだけでは足りません。
口数が減った、ミスが増えた、特定の人を避けるようになった、急に休みが増えた。こうした変化だけでハラスメントやメンタル不調と断定はできませんが、声をかけるきっかけにはなります。
管理職には、結論を急がず、まず事実と本人の話を聴く方法が必要です。相談を受けた後は、秘密を守ると言い切るのではなく、本人の意向を確認しながら、対応に必要な範囲で情報を共有することも説明しなければなりません。
「相談窓口があります」と知らせるだけでなく、相談を受ける側が初動を練習することが、制度を機能させます。
全員に同じ内容を話すだけでは足りない
ハラスメント対策で担う役割は、立場によって異なります。
| 対象者 | 主な学び |
|---|---|
| 全職員 | ハラスメントの基本、傍観しない行動、相談・報告の方法 |
| 若手・中堅職員 | 後輩指導、職場内の優越的な関係、感情と指導の切り分け |
| 管理職・現場リーダー | 適切な指導、部下の変化への声かけ、相談を受けた際の初動 |
| 人事・相談窓口担当者 | 事実確認、記録、情報共有、当事者への配慮、再発防止 |
一度に全員へ共通の基礎を伝える方法もありますが、管理職や相談担当者には、役割に応じた追加研修が必要です。
また、現に起きている個別事案の事実確認や責任の判断を、参加型研修の場で行ってはいけません。研修と個別事案への対応は分け、必要な場合は別の手続で公正に進めます。
「自分の職場ならどうするか」を考える
一方的に講義を聴くだけでは、分かったつもりで終わりやすくなります。
そこで、私の研修では、実際の職場で起こり得る場面をもとにしたケース検討や個人ワーク、対話を取り入れます。
消防であれば、「災害現場で危険が迫る隊員に大声で退避を命じた」「訓練のミスに対し、ペナルティとして体力錬成をさせた」といった場面です。
答えを最初から一つに決めるのではなく、緊急性、目的、必要性、方法、対象者の状態などを確認し、「自分ならどう伝えるか」「組織としてどのような基準が必要か」を考えてもらいます。
対話の場では、個人的な体験を無理に話させません。話せる範囲で参加できること、発言を評価しないこと、パスできることを最初に共有します。安心して考えられる場でなければ、研修そのものが負担になるからです。
消防で得た視点は、他業種の現場にも生かせる
消防で向き合ってきた「安全とスピード」「明確な指示と相互の報告」「厳しい指導と人の尊厳」という課題は、さまざまな職場にも共通します。
| 業種・職場 | 研修で扱える場面の例 |
|---|---|
| 製造業 | 不安全行動を止めた後、再発防止につながる指導をどう行うか |
| 建設業 | 工程に追われる中で、協力会社や若手へどのように指示を出すか |
| 運輸・物流 | 時間の制約と安全確保を両立し、焦りを攻撃的な言動にしない方法 |
| 医療・介護 | 緊急時の強い制止と、平常時の育成・振り返りをどう分けるか |
| 飲食・小売 | 繁忙時の指示、若年・短時間勤務者への教育、顧客対応後のフォロー |
| オフィス | ミスや成果不足を、人格ではなく事実と期待する行動で伝える方法 |
事前に、対象者、職種、実際に迷いが生じやすい場面を伺い、事例と言葉を調整します。消防向けの内容を名称だけ変えて他業種へ流用するのではありません。
90分研修の構成例
管理職・現場リーダー向けの90分研修であれば、例えば次のように組み立てます。
- ハラスメント対策と必要な指導を両立する意味
- パワーハラスメントの基本と判断の視点
- 職場の場面を使ったケース検討
- 感情的な叱責を避け、改善点を伝える方法
- 部下の小さな変化と、相談を受けたときの初動
- 明日から実践する行動の整理
時間は60分、90分、120分、半日などに調整できます。対面だけでなく、オンラインでの実施にも対応します。
研修を、職場の仕組みにつなげる
厚生労働省が示すハラスメント防止措置には、方針の明確化と周知、相談体制の整備、事実関係の迅速かつ正確な確認、当事者への適切な対応、再発防止などが含まれます。
つまり、研修を一度実施すれば、会社や組織の対応が完成するわけではありません。
研修で見えた課題を、次のような仕組みへつなげることが大切です。
- 指導場面で使える共通の判断基準
- 相談を受けた管理職の報告ルート
- 事実確認と記録の方法
- 就業規則、内部規程、相談窓口の運用
- 研修後の振り返りやフォローアップ
消防庁も、消防本部に対し、階層別研修、相談しやすい環境づくり、管理職による早期把握などを求めています。研修と日々の運用をつなげてこそ、必要な報告と指導が機能する職場に近づきます。
必要な厳しさをなくさず、判断できる人を増やす
ハラスメント研修で、必要な指導を残しながら、業務上必要のない攻撃性を取り除く。感情に任せず伝える。小さな変化に気づき、問題が深刻になる前に対応する。
研修を通じて、その判断ができる人を職場の中に増やすことが大切だと考えています。
セーフコア社会保険労務士事務所では、元消防士としての現場経験と、社会保険労務士としての数多くのハラスメントに関する労働相談を受けた労務の視点を生かし、ハラスメント防止、管理職の指導、アンガーマネジメント、メンタルヘルス、安全衛生などの対話型研修を行っています。
消防・公安系組織に限らず、製造、建設、運輸・物流、医療・介護、飲食・小売、オフィスなど、業種と対象者に応じた内容に調整します。研修は全国対応が可能で、対面・オンラインのいずれにも対応しています。
参考資料
- 厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」
- 厚生労働省「事業主が講ずべきハラスメント対策」
- 総務省消防庁「消防本部におけるハラスメント等への対応策」
- 総務省消防庁「消防本部におけるハラスメントの実態に関する調査の結果及び留意事項について」(2025年1月29日)
※消防職員をはじめとする地方公務員と民間企業の労働者では、適用される法令・条例・内部規程等が異なる場合があります。本稿は研修設計に共通する視点を整理したものであり、個別事案の法的評価を示すものではありません。

