「従業員本人に代わり、退職の意思をお伝えします」
退職代行から突然このような連絡を受けると、会社は「本人からの連絡でなければ受け付けられない」「引き継ぎが終わるまで退職は認めない」と考えるかもしれません。
しかし、退職代行を利用したという理由だけで連絡を無視したり、退職を一律に拒否したりするのは適切ではありません。
会社が最初に確認すべきなのは、本人の退職意思、連絡者の権限、退職日や有給休暇などの申出内容です。感情的に反応せず、順番に事実関係を整理しましょう。
退職代行から連絡が来たときの5つの初動対応
会社の基本的な対応は、次のとおりです。
- 連絡内容を記録する
- 本人の退職意思と連絡者の権限を確認する
- 雇用契約と希望退職日を確認する
- 有給休暇や未払賃金などの申出を整理する
- 貸与品の回収と退職手続を進める
退職を認めるか拒否するかを、その場で即断する必要はありません。まず、連絡日時、連絡方法、相手方の名称・担当者・連絡先、希望退職日、有給休暇や金銭請求の有無、貸与品の返却方法などを記録します。
電話だけでは認識の食い違いが生じやすいため、本人名義の退職届、委任状、受任通知、労働組合への加入通知などを、書面または電子データで提出してもらうと安全です。
ただし、退職の意思表示は、法律上、常に書面でなければ無効になるものではありません。書面は、本人の意思や申出内容を確認するための資料として求めるものです。
誰が運営する退職代行なのか確認する
「退職代行」と呼ばれるサービスでも、運営主体によって対応できる範囲が異なります。
弁護士の場合
弁護士は、本人から依頼を受けた範囲で、退職意思の通知だけでなく、退職日、未払給与、残業代、有給休暇、損害賠償などの法律問題について代理交渉できます。
会社は、弁護士名、所属弁護士会、事務所の連絡先、受任した範囲を確認し、連絡窓口を整理します。
労働組合の場合
労働組合法第6条は、労働組合の代表者などに、組合や組合員のために使用者と交渉する権限を認めています。
適法な団体交渉の申入れを会社が正当な理由なく拒否すると、同法第7条の不当労働行為に該当する可能性があります。「社外の労働組合だから」という理由だけで、一律に無視することはできません。
その団体が労働組合法上の労働組合に当たるか、今回の要求が団体交渉の対象になるかについて疑問がある場合は、直ちに拒否せず、弁護士へ相談することが適切です。
弁護士でも労働組合でもない民間事業者の場合
民間事業者が本人の退職意思を会社へ伝達する場合と、退職条件について交渉する場合は分けて考える必要があります。
弁護士法第72条は、弁護士または弁護士法人でない者が、報酬を得る目的で、一般の法律事件について代理、和解その他の法律事務を業として取り扱うことを原則として禁止しています。ただし、他の法律に別段の定めがある場合は除かれます。
民間事業者から未払賃金、損害賠償、退職条件などについて交渉を求められた場合は、相手方の立場と権限を確認しましょう。
一方で、会社がその場で「違法業者だ」と断定することも適切ではありません。弁護士法違反に当たるかは、報酬目的、法律事件性、具体的な行為の内容などによって個別に判断されます。
本人の退職意思と雇用契約を確認する
第三者からの連絡である以上、会社は、なりすましや伝達ミスを防ぐため、本人の意思と連絡者の権限を合理的な方法で確認します。
- 本人名義の退職届
- 委任状や弁護士の受任通知
- 本人が通常利用している連絡先からの通知
- 労働組合への加入通知や団体交渉申入書
これらの書類すべてが法律上の必須条件というわけではありません。必要以上の本人確認資料を要求せず、確認目的に照らして必要な範囲にとどめます。
相手方の権限を確認できるまでは、本人の住所、給与、健康情報、人事評価などの個人情報を安易に開示しないことも重要です。
期間の定めがない雇用契約
民法第627条第1項は、期間の定めがない雇用について、各当事者がいつでも解約を申し入れることができ、申入れの日から2週間の経過によって雇用が終了すると定めています。
辞職は、原則として会社の承諾を必要としない一方的な意思表示です。そのため、有効な辞職の通知が会社に到達した場合、会社が「承認しない」と回答するだけで退職を止められるとは限りません。
ただし、期間によって報酬を定めた場合に関する同条第2項、就業規則の退職予告期間、本人が示した意思表示の内容などとの関係について、個別の法的検討が必要になる場合があります。
「正社員なら、どのような場合でも必ず2週間後に退職できる」と一律に処理するのは正確ではありません。退職日について争いがある場合は、弁護士へ相談しましょう。
有期労働契約
有期労働契約では、民法第628条により、「やむを得ない事由」がある場合は、契約期間中でも直ちに契約を解除できるとされています。
また、労働基準法第137条により、1年を超える有期労働契約では、一定の事業の完了に必要な期間を定めた契約や、同法第14条第1項各号の特例に該当する契約などを除き、契約開始から1年を経過した後、労働者は使用者に申し出ることにより、いつでも退職できます。
有期契約について「申出から2週間で必ず退職できる」と判断することはできません。
「退職願」と「退職届」は名称だけで判断しない
退職に関する書面が、会社との合意による退職を申し込むものなのか、会社の承諾を前提とせず辞職を通知するものなのかによって、法的な扱いが異なる場合があります。
書面の題名だけで法的性質が決まるわけではありません。書面全体の内容と、それまでの経緯から判断します。不明確な場合は、意思表示の趣旨と希望退職日を、本人または正当な代理人へ確認します。
退職前の有給休暇は拒否できる?
従業員が退職日までの所定労働日を指定して年次有給休暇を取得する旨を申し出た場合、会社は原則としてその時季に与える必要があります。
労働基準法第39条は、指定された時季に年休を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合、会社が別の時季へ変更できると定めています。
しかし、退職日より後の日へ変更することはできません。変更できる別の日がない場合は、原則として指定されたとおり年休を取得させる必要があります。
会社から退職日の変更や任意の引き継ぎを相談することはできますが、従業員に同意を強制することはできません。
なお、年休の対象になるのは退職日までの所定労働日です。もともとの休日や退職後の日を年休として扱う必要はありません。
貸与品が返却されるまで給与を止められる?
パソコン、携帯電話、社員証、鍵などが返却されていないことを理由に、会社が最終給与を一方的に支払わないことはできません。
労働基準法第24条は、賃金全額払いの原則を定めています。会社が主張する損害額を最終給与から一方的に相殺することも、原則として認められません。
また、労働基準法第23条により、退職した従業員から請求があった場合、会社は原則として7日以内に賃金を支払い、従業員の権利に属する金品を返還しなければなりません。金額について争いがある場合でも、争いのない部分は7日以内に支払いまたは返還する必要があります。
貸与品の返還請求と賃金の支払いは分けて処理しましょう。
引き継ぎをしなければ損害賠償できる?
引き継ぎが行われず会社に負担が生じても、それだけで直ちに損害賠償が認められるわけではありません。
損害賠償を請求できるかは、本人の義務違反や故意・過失、具体的な損害、因果関係、会社が損害を避けるために取った措置などを個別に検討する必要があります。
十分な根拠を確認せず、「引き継ぎをしなければ損害賠償を請求する」と通知すると、紛争を拡大させる可能性があります。
退職が決まった後に会社が行う手続
退職日が確定したら、次の事項を整理します。
- 最終給与と未払残業代の計算
- パソコン、携帯電話、社員証、鍵などの回収
- 私物の返却と会社データの取扱い
- 雇用保険の資格喪失手続と離職票の取扱い
- 健康保険・厚生年金保険の資格喪失手続
- 給与所得の源泉徴収票の交付
- 住民税の処理
- 請求があった場合の退職証明書の交付
会社データの削除は、保存すべき業務記録まで消去させないよう、対象と方法を会社が具体的に指示します。
労働基準法第22条により、退職した従業員から、使用期間、業務の種類、地位、賃金または退職事由について証明書を請求された場合、会社は遅滞なく交付しなければなりません。証明書には、従業員が請求していない事項を記載してはいけません。
給与所得の源泉徴収票は、中途退職の場合、原則として退職後1か月以内に交付します。退職金を支給した場合は、給与所得の源泉徴収票とは別に、退職所得の源泉徴収票が必要になります。
会社が避けたい対応
退職代行から連絡を受けたときは、次のような対応を避けましょう。
- 連絡を一切無視する
- 本人や家族へ必要以上に繰り返し連絡する
- 「会社が承認しなければ絶対に辞められない」と断定する
- 退職代行を利用したことだけを理由に不利益な処分をする
- 退職前の有給休暇を一律に認めない
- 貸与品が返却されるまで給与を支払わない
- 根拠を確認せず損害賠償を予告する
- 適法な団体交渉の申入れを正当な理由なく拒否する
- 権限を確認する前に従業員の個人情報を開示する
本人への確認が必要な場合でも、連絡の目的、方法、回数を必要な範囲に限定します。退職代行を利用する人の中には、会社と直接話すことに強い心理的負担を感じている人もいます。必要な確認は、書面や正当な代理人・窓口を通じて行うことが望まれます。
退職代行への対応チェックリスト
- 連絡日時、担当者、申出内容を記録した
- 本人の退職意思を確認できる資料を受け取った
- 連絡者の身元と権限を確認した
- 無期契約か有期契約か確認した
- 希望退職日と意思表示の趣旨を確認した
- 有給休暇の残日数と申出内容を確認した
- 未払賃金などの請求を確認した
- 貸与品と会社データの返却方法を決めた
- 社会保険、雇用保険、税務上の手続を整理した
- 交渉や法的判断が必要な事項を弁護士へ相談した
まとめ
退職代行から連絡が来たときに重要なのは、退職を認めるか拒否するかを、その場で即断することではありません。
本人の退職意思、連絡者の権限、雇用契約の期間、希望退職日、有給休暇や未払賃金の申出、貸与品の返却方法を順番に整理します。そのうえで、単なる意思伝達、弁護士による代理、労働組合による団体交渉を区別して対応しましょう。
セーフコア社会保険労務士事務所では、退職代行から連絡を受けた際の初動整理、確認項目の洗い出し、退職に伴う社会保険・労働保険手続など、会社の実情に応じた労務対応を支援しています。代理交渉や法的紛争への対応が必要な場合は、弁護士との連携も含めて整理することが重要です。
※本記事は、2026年8月24日時点の法令および公的資料に基づく一般的な情報です。個別事案では、雇用契約、就業規則、意思表示の内容、連絡者の法的地位などによって判断が異なります。


