「従業員が50人未満だから、産業医や衛生委員会は必要ない」
「これまで大きな事故も起きていないので、安全衛生対策はまだ必要ないだろう」
このように考えている会社もあるかもしれません。
確かに、産業医や衛生管理者の選任、衛生委員会の設置など、一部の制度は、常時50人以上の労働者を使用する事業場を対象としています。
しかし、50人という数字は、安全衛生対策が「必要か、必要でないか」を分ける基準ではありません。事業場の規模によって求められる管理体制の一部が変わるだけであり、従業員が少ない会社にも、健康診断、安全衛生教育、危険や健康障害の防止、労災発生時の対応などが求められます。
私は消防士として災害現場に携わるなかで、事故が起きた後の対応と同じくらい、事故が起きる前に危険を見つけ、取り除く仕組みが重要だと感じてきました。
会社の安全衛生も、一人ひとりの注意だけに任せるものではありません。
本記事では、従業員50人未満の中小企業が、まず何から安全衛生対策を始めればよいのかを解説します。
従業員50人未満でも安全衛生対策は必要
労働安全衛生法では、事業者に対して、労働者の危険や健康障害を防止するために必要な措置を講じることを求めています。
また、労働契約法第5条では、使用者は、労働者が生命や身体等の安全を確保しながら働けるよう、必要な配慮をするものとされています。ここでいう安全には、身体の安全だけでなく、心身の健康も含まれます。
そのため、会社が取り組むべき安全衛生は、転倒、墜落、機械への巻き込まれといった事故の防止だけではありません。
重量物の取扱いによる腰痛、長時間労働による健康障害、熱中症、化学物質による健康障害、メンタルヘルス不調なども、安全衛生の対象になります。
具体的に必要となる措置は、従業員数だけでなく、業種、設備、取り扱う物質、作業内容などによって異なります。
なお、安全衛生管理体制に関する人数基準は、原則として会社全体ではなく、工場、営業所、店舗などの「事業場」ごとに判断します。複数の拠点がある会社では、会社全体の従業員数だけで判断しないよう注意が必要です。
従業員数によって異なる安全衛生管理体制
常時50人以上の労働者を使用する事業場では、原則として、産業医と衛生管理者を選任し、衛生委員会を設置する必要があります。業種や規模によっては、安全管理者の選任や安全委員会の設置も必要です。
一方、50人未満の事業場には、原則として、産業医や衛生管理者の選任、衛生委員会の設置義務はありません。
ただし、常時10人以上50人未満の労働者を使用する事業場では、業種に応じて「安全衛生推進者」または「衛生推進者」を選任しなければなりません。
安全衛生推進者は、安全衛生教育、健康診断その他の健康管理、危険や健康障害を防ぐための措置、労働災害の原因調査、再発防止対策などを担当します。
一方、衛生推進者が担当するのは、健康診断、衛生教育、健康障害の防止など、衛生に関する業務です。
選任すべき事由が生じた日から14日以内に選任し、氏名を掲示するなどして労働者に周知する必要があります。労働基準監督署への選任報告は必要ありません。
常時使用する労働者が10人未満の場合、安全衛生推進者等の選任義務は原則としてありません。しかし、安全衛生対策そのものが免除されるわけではありません。法律上の選任義務がない場合でも、社内で実際に確認や対応を行う人を決めておくことが大切です。
また、安全委員会や衛生委員会を設置していない事業場でも、安全または衛生に関する事項について、関係する労働者の意見を聴く機会を設ける必要があります。
中小企業がまず整えたい5つのこと
① 安全衛生を担当する人と役割を決める
安全衛生対策が進まない会社では、「誰が確認するのか」が決まっていないことが少なくありません。
経営者が気づいたときだけ確認する、現場責任者に任せているつもりになっている、問題が起きたら総務が対応するといった状態では、必要な確認が抜け落ちやすくなります。
まずは、職場の危険箇所を確認する人、健康診断の実施状況を管理する人、従業員から意見を聴く人、労災発生時に連絡を受ける人を明確にしましょう。
担当者を決めるだけでなく、「何を、いつ確認するのか」まで整理することがポイントです。
② 健康診断を実施し、結果を放置しない
健康診断の実施義務は、事業場の規模にかかわりません。
事業者は、常時使用する労働者に対して、原則として1年以内ごとに1回、定期健康診断を実施する必要があります。一定の要件を満たすパートタイマーやアルバイトも対象になります。
常時50人未満の事業場では、一般の定期健康診断結果を労働基準監督署へ報告する義務はありません。しかし、監督署への報告義務がないことと、健康診断の実施義務がないことは別の問題です。
健康診断後は、健康診断個人票を作成して原則5年間保存し、本人に結果を通知します。異常所見がある場合には、就業上の措置について医師等の意見を聴かなければなりません。
その意見を踏まえ、必要に応じて、労働時間の短縮、時間外労働の制限、作業の転換、就業場所の変更などを検討します。
健康診断は、受診させて終わりではありません。結果を確認し、必要な対応につなげるところまでが会社の健康管理です。
産業医を選任していない50人未満の事業場では、地域産業保健センターを利用して、健康診断結果について医師から意見を聴くことなどもできます。
さらに、令和10年4月1日からは、労働者数50人未満の事業場にもストレスチェックの実施が義務化されます。実施方法や外部委託先、健康情報の取扱いなどについて、計画的に準備を進める必要があります。
③ 職場の危険と健康障害の原因を確認する
「これまで事故が起きていない」という事実だけでは、職場が安全であるとは判断できません。
床で滑りそうになった、荷物が落ちそうになった、機械に手を挟みそうになったという経験があれば、事故には至らなくても、職場にはすでに危険が存在しています。
床の段差や油、高所作業の方法、機械の安全装置、重量物の取扱い、人と車両の動線、暑熱環境、化学製品の保管や使用方法などを、実際の職場で確認しましょう。
長時間労働、人員不足、メンタルヘルス不調など、目に見えにくい健康障害の原因にも注意が必要です。
危険を見つけた後は、「気をつけるように伝える」だけで終わらせてはいけません。
設備や作業そのものを変更できないか、危険な場所に人が入らないようにできないか、安全装置や補助器具を使用できないかを検討します。
注意喚起や保護具も必要ですが、人の注意力だけに依存する対策には限界があります。
④ 従業員の意見とヒヤリ・ハットを集める
現場の危険を最もよく知っているのは、実際にその作業をしている従業員です。
経営者や管理職が職場を見るだけでは、日常的な作業の負担や、特定の時間帯にだけ発生する危険まで把握できないことがあります。
月に1回、短時間でも構わないので、危ないと感じた作業、使いにくい設備、身体への負担、改善してほしい点などを聴く時間を設けましょう。
特に重要なのが、事故には至らなかった「ヒヤリ・ハット」の把握です。
報告した従業員を責めると、現場から情報が上がらなくなります。「事故にならなかったから問題ない」と扱うのではなく、重大な事故を防ぐための情報として受け止めることが大切です。
聴き取った内容は、指摘された危険、対応する人、対応期限などを簡単に記録しておきましょう。
⑤ 労災発生時の連絡・対応手順を決める
労災が発生してから、誰に連絡するのか、どの医療機関を受診するのか、どの書類を提出するのかを調べ始めると、初動が遅れます。
まずは被災した労働者を救護し、必要に応じて救急車を要請します。同時に、機械の停止や立入りの制限など、二次災害を防ぐための措置を講じます。
その後、社内の関係者や家族への連絡を行い、発生日時、場所、作業内容、負傷状況などを記録します。
死亡または休業を伴う労災が発生した場合には、労災保険給付の請求とは別に、労働者死傷病報告が必要になることがあります。
死亡または休業4日以上の場合は遅滞なく、休業1日から3日の場合は四半期ごとに、所轄の労働基準監督署へ報告します。令和7年1月1日から、労働者死傷病報告は原則として電子申請が義務化されています。
また、事故原因を「本人の不注意」で終わらせてはいけません。設備、作業方法、人員配置、安全衛生教育などに問題がなかったかを確認し、再発防止対策につなげることが重要です。
安全衛生対策を無理なく継続する方法
中小企業が、最初から大企業と同じ仕組みを整える必要はありません。
まずは、自社に必要な法令上の対応と担当者を確認します。次に、実際の職場を見て、従業員から危険や負担について意見を聴きます。
見つかった問題をすべて一度に改善する必要はありません。事故が起きる可能性と、事故が起きた場合の重大さを考え、危険性の高いものから優先して対応します。
安全衛生活動は、一度点検して終わるものではありません。
設備や作業方法を変更したとき、新しい従業員が入社したとき、事故やヒヤリ・ハットが発生したときには、改めて確認が必要です。
毎月または数か月に1回など、無理なく継続できる頻度を決め、確認した内容と改善状況を記録しておきましょう。
小さな仕組みが安心と安全の核になる
従業員50人未満の事業場であっても、安全衛生対策が不要になるわけではありません。
まずは、安全衛生を担当する人と役割を決め、健康診断後の対応、職場の危険の確認、従業員から意見を聴く仕組み、労災発生時の対応手順を整えましょう。
危険に気づき、社内で共有し、事故や健康障害が起きる前に対応できる仕組みをつくることが目的です。
働くために、命や健康を損なうことがあってはなりません。
規模の小さな会社だからこそ、一人ひとりの声が届きやすく、見つかった課題を改善につなげやすいという強みもあります。
担当者を決める、職場を見て回る、従業員の話を聴く、労災発生時の連絡先を整理する。その一つひとつが、安心して働ける職場の土台になります。
安全衛生の仕組みを整えることは、事故を防ぐだけでなく、従業員が安心して働き続けられる職場づくりにもつながります。
セーフコア社会保険労務士事務所では、中小企業の安全衛生管理体制の確認、職場巡視、健康診断後の社内対応、労災発生時の初動整理、社内ルールの整備などを支援しています。
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