「消防は命を守る仕事なのだから、厳しい指導や訓練は必要だ」
消防で勤務した経験のある方であれば、この言葉にうなずく部分があるのではないでしょうか。
災害現場では、一つの判断の遅れや基本動作の誤りが、隊員や住民の生命に関わります。危険が迫る場面では、短く強い指示も必要です。
私も消防職員として14年間勤務し、警防、救助、救急、本部業務などに携わってきました。その経験から考えても、消防の仕事から「厳しさ」をすべて取り除くべきだとは思いません。
しかし、「厳しい指導が必要である」ということと、「厳しい方法なら許される」ということは別の話です。
第1回の記事では、一般企業向けのハラスメント研修をそのまま消防・公安系組織に当てはめても、現場には響きにくい理由を取り上げました。
第2回では、糸島市消防本部をめぐる最高裁判決を中心に、警察や防衛大学校の裁判例も参照しながら、「必要な厳しさ」と「許されない指導」の違いを考えます。
※以下の裁判例は争点や適用法令が異なり、結論を別の事案にそのまま当てはめることはできません。本稿では、消防組織の指導や研修に生かせる視点を整理します。
1.問題は「厳しいか、優しいか」ではない
ハラスメント研修では、「強い口調を使わない」「人前で叱らない」といった説明が中心になることがあります。もちろん配慮は必要ですが、それだけでは、消防の現場から「現実を分かっていない」と受け取られかねません。
緊急性の高い現場で、危険が迫る隊員に大声で退避を命じることと、平常時の訓練で、感情に任せて部下を怒鳴り続けることは同じではありません。
裁判でも、声の大きさや相手が不快に感じたかだけで判断されるわけではありません。指導の目的と必要性、危険性、罰や見せしめの有無、対象者の経験や体調などが具体的に検討されます。
「安全のためだった」「本人を成長させたかった」という思いがあっても、方法まで自動的に正当化されるわけではありません。
一方、強い口調を使ったという事実だけで、直ちにすべてがハラスメントになるわけでもありません。必要なのは厳しさをなくすことではなく、何のために、どのような方法で指導するのかを明確にすることです。
ここまでの違いを整理すると、次のようになります。
| 見るポイント | 必要な指導として説明しやすいもの | 問題になりやすいもの |
|---|---|---|
| 目的 | 要救助者の命、隊員の安全、技能の向上 | 罰、見せしめ、感情の発散 |
| 内容 | 改善すべき行動や基本動作が具体的 | 人格否定、家族への侮辱、退職の強要 |
| 方法 | 目的に必要な範囲で、理由も伝える | 暴力、屈辱、過度な負荷を伴う |
| 基準 | 誰に対しても一貫し、公平である | 上司の機嫌や相手によって変わる |
| 対象者の状態 | 経験、疲労、体調、精神状態を確認する | 異変や苦痛を無視して続ける |
| 指導後 | できたことを認め、訓練後は切り替える | 必要以上に責め続け、長く引きずる |
実際には、緊急性や危険性、言動が行われた状況なども含め、個別に判断する必要があります。
2.糸島市消防本部事件で何が起きていたのか
2025年9月2日、最高裁判所第三小法廷は、糸島市消防本部の消防職員に対する停職6月と懲戒免職について、2件の判決を言い渡しました。
停職6月が争われた事件
停職6月の事件で処分を受けた職員は、消防隊の分隊長として訓練を取り仕切る立場にありました。
認定された行為には、採用後間もない部下の身体をロープで縛った状態で懸垂をさせ、力尽きた後も数分間つり下げたことが含まれます。このほか、競争に負けたペナルティとして腕立て伏せなどをさせる、退職を迫るような言葉を浴びせる、身体をたたく、胸倉をつかむ、突き飛ばす、訓練用の敷板に謝罪させるといった行為も認定されました。
懲戒免職が争われた事件
もう一つの事件で懲戒免職となった職員は、小隊長などとして部下を指導する立場にありました。
問題となった言動は十数年にわたり、対象となった部下は少なくとも10人でした。ロープで身体を縛って懸垂をさせる、熱中症の症状を呈するまで訓練を繰り返させる、倒れ込んだことへのペナルティとして、さらに過酷なトレーニングをさせるといった行為が認定されています。人格否定や家族への侮辱も含まれていました。
最高裁は、これらの言動について、部下への嫌悪、苛立ち、悪感情に任せて行われた部分が大きかったと評価しています。
原審と最高裁で判断が分かれた
原審も行為が不適切であること自体は否定しませんでしたが、重大な負傷が生じていないことや、過去に懲戒処分を受けていなかったことなどを考慮し、処分は重すぎるとして違法と判断しました。
これに対して最高裁は、原審の判断を破棄し、停職6月と懲戒免職のいずれについても、処分を適法と判断しました。
3.最高裁は何を重く見たのか
「訓練」と呼べば許されるわけではない
最高裁は、消防職員について、職務の性質上、厳しい訓練が必要になる場合があること自体は認めています。それでも、部下への指示や指導としての範囲を大きく外れた行為は許されないと判断しました。
「訓練」「体力錬成」「安全指導」という名前が付いていても、その実態が単なる罰や見せしめであれば、業務上必要な指導とはいえません。
けががなければ軽い、とは限らない
最高裁は、部下がけがをしたかどうかだけでなく、身体的苦痛や強い恐怖感、屈辱感も重視しました。消防の訓練に身体的負荷は伴いますが、目的、方法、危険性、対象者の状態、途中で中止できる体制まで確認する必要があります。
「自分が主導したわけではない」では済まない
停職6月の事件には、処分を受けた職員が主導したとはいえない行為もありました。それでも最高裁は、職員の立場や一連の行為、過去に部下への暴言について文書による訓告を受け、その後も行為を続けたことなどを踏まえ、非違の程度は重いと評価しました。
「上司に言われたから参加した」「自分だけがやったわけではない」という事情だけで、不適切な行為への関与がなくなるわけではありません。
長さ、回数、対象人数、動機も見られる
懲戒免職の事件では、不適切な言動が長期間、多数回にわたり、少なくとも10人の部下に繰り返されていました。一度の注意と日常的な攻撃とでは意味が違います。期間、回数、対象人数、動機まで見る必要があります。
不適切な指導は、消防活動そのものを弱くする
最高裁は、消防組織では、職員間の緊密な意思疎通が職務遂行上重要であることにも触れています。私は、この点が特に大切だと考えています。
災害現場では、部下から上司への報告も欠かせません。
「危険です」
「確認できていません」
「この方法では活動を続けられません」
恐怖や屈辱によって部下を従わせていれば、本当に危険が迫ったときにも、必要な声が上がらなくなるおそれがあります。これは職場の雰囲気ではなく、隊員と住民の安全に直結する問題です。
4.私が救助隊で出会った「厳しいけれど人望のある上司」
私が救助隊で勤務していたとき、指導は厳しいけれど、隊員から人望のある上司がいました。訓練で求める水準は高く、基本動作ができていなければ曖昧にせず指摘する人でしたが、部下をただ萎縮させるような厳しさとは違いました。
その上司には、メリハリがありました。そして何より、指導の軸がぶれませんでした。
何のために基本動作を繰り返すのか。なぜ安全確認を省略してはいけないのか。その先にある要救助者の命と隊員の安全を大切にする考え方が、普段から隊員の間で共有されていました。
厳しく指導したことを、訓練が終わった後まで引きずる人でもありませんでした。そして、部下に求めるだけではなく、自ら率先して動く人でした。
今振り返ると、厳しさに納得できたのは、目的が明確で、基本をおろそかにしない基準が一貫し、その基準を自らの行動でも示していたからだと思います。
部下が上司の判断軸を理解できる職場と、上司の機嫌を読みながら動かなければならない職場とでは、同じ「厳しい指導」という言葉でも、その中身はまったく違います。
もちろん、人望や信頼関係は免罪符ではありません。大切なのは、「信頼関係があるから大丈夫」と考えることではなく、信頼を壊さない方法で必要なことを伝えることです。
5.警察・防衛大学校の裁判例から見える組織側の責任
糸島市消防本部の2件では懲戒処分の重さが争われました。一方、警察や防衛大学校の裁判例からは、周囲の管理職や組織の対応も問われることが分かります。
暴力がなくても問題になった警察の事例
宮崎県警察の警察官が自死した事件について、宮崎地方裁判所は2026年1月30日、宮崎県に国家賠償法上の責任を認める判決を言い渡しました。
裁判所は、ミスを繰り返した警察官への指導を一定程度強めること自体は許容されるとしました。しかし、具体的な誤りを示さないまま書類を繰り返し提出させる指導を約3か月続けたこと、1回20~30分の指導を繰り返したこと、当直勤務明けに約2時間断続的に指導したことなどは、必要かつ相当な範囲を超えるパワーハラスメントに当たると判断しました。
同じ時期には100時間を超える時間外勤務があり、本人には落ち込みや活気の低下などの変化が見られ、上司も気付いていました。裁判所は、県の安全配慮義務違反と自死との相当因果関係を認めています。
本人に考えさせるための指導であっても、何を直せばよいのかが分からない状態を長く続ければ、指導ではなく追い詰める行為になりかねません。
なお、これは第一審判決ですが、指導方法、長時間労働、本人の変化、管理職の対応を一体として考える事例として参考になります。
相談を受けた後の対応が問題になった防衛大学校の事例
防衛大学校の学生が、上級生などから「学生間指導」として暴力や不当な精神的苦痛を与える行為を受けた事件では、福岡高等裁判所が2020年12月9日、国の安全配慮義務違反を一部認めました。
この事件では、異常な状況や相談、家族からの情報提供を把握した後、組織が何をしたのかが具体的に検討されました。
高裁は、必要な場面で本人や関係者から詳しく事情を聴くこと、身体の状態を確認すること、上司へ報告して組織内で情報を共有すること、暴力を用いてはならないと明確に指導することなどが必要だったと判断しました。
本人が「大したことではない」と話していても、報復などを恐れ、実際より軽く説明する可能性も考える必要があるとされています。
担当者が交代しても経過が分かるよう記録に残すべきだったという指摘も、交替制勤務や人事異動のある消防組織にとって無関係ではありません。相談窓口を設けるだけでなく、相談後の事実確認、記録、情報共有、被害拡大の防止まで行う必要があります。
6.組織の研修で、何を考えてもらうべきか
裁判例の事案や争点は異なりますが、消防組織で共通して確認したいことがあります。
- 何を身に付けさせるための指導なのか
- その方法は、目的に照らして必要なものか
- 暴力、人格否定、屈辱、見せしめ、私的な罰が入り込んでいないか
- 相手の経験、体力、疲労、体調、精神状態を見ているか
- 問題を把握した後の報告、記録、情報共有、是正が機能しているか
研修で「怒鳴ってはいけません」「相手を不快にさせてはいけません」と伝えるだけで、現場で判断できる職員は育つのでしょうか。
例えば、次のような場面を取り上げます。
- 災害現場で、危険が迫る隊員に大声で退避を命じた
- ミスをした職員だけに、ペナルティとして体力錬成を命じた
- 「自分で考えさせるため」として、長時間問い続けた
- 相談を受けたが、本人が「大ごとにしたくない」と話したため、記録を残さなかった
これらを一律に「ハラスメントである」「ハラスメントではない」と分けるのではなく、目的、緊急性、必要性、方法、本人の状態などを踏まえ、自分たちの職場ならどう判断するのかを話し合うことが大切です。
若手職員には、危険や不適切な指導を受けたときの報告・相談方法を伝える。中堅職員には、後輩指導と感情の切り分けを考えてもらう。管理監督者には、相談を受けた際の初動、事実確認、記録、情報共有、是正措置まで具体的に学んでもらう。
階級や役割によって、向き合うべき課題は違います。
7.ハラスメント対策は、指揮命令を弱めるものではない
ハラスメントや不祥事は職員の士気や職場環境を悪化させ、消防力の低下に繋がります。
ハラスメント対策は、必要な厳しさをなくし、指揮命令を曖昧にするものではありません。必要な指示は明確に伝える一方、暴力、屈辱、見せしめ、感情的な攻撃を指導から取り除く。そして、異変や危険を感じた職員が、階級にかかわらず報告できる状態をつくる。
それが、隊員と住民の安全を守る組織に必要なハラスメント対策だと、私は考えています。
消防・公安系組織向けのハラスメント研修について
セーフコア社会保険労務士事務所では、消防・公安系組織の職務特性を踏まえたハラスメント防止研修、管理監督者研修をご提案しています。
消防職員として、災害現場、訓練、交替制勤務、階級組織の中で働いた経験に加え、社会保険労務士としての専門知識と、アンガーマネジメントファシリテーター、メンタルヘルス・マネジメント等の資格・知見を生かし、実際に起こり得る場面と法令、行政資料、裁判例を組み合わせた研修を設計します。
- 全職員向けハラスメント防止研修
- 若手・中堅職員向けの指導・コミュニケーション研修
- 管理監督者向けの相談対応・初動対応研修
- 実際の職場場面を想定したケース検討
研修をご検討の際は、セーフコア社会保険労務士事務所までご相談ください。組織の現状や目的を伺い、対象者、研修時間、実施方法に応じた内容をご提案します。


